飫肥せんべい紹介

 1887(明治20)年、明治政府の改革。大名領である藩を全廃して新たに県を置き,地方行政制度を一変させた。《廃藩置県(1871年(明治4)7月14日》

 職を失った武士たちのために、せんべいづくりの職業講習が開かれ、数名の武士が技術をみにつけたと言う。

 せんべい作りの1日は、朝4時に起きてもち米を蒸すことに始まる。足踏み式のきねとうすで、もちをつき始めるのが6時ごろ。

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 ついたもちは、鉄製の型に入れて、1回2枚ずつ焼いていく。松の形は飫肥城の松のイメージである。2枚のせんべいを重ね合わせ、その中に上質の砂糖でつくったアメを塗る、このせんべいの厚みと、アメを薄く塗るのが決めてである。

 昔は、日向木炭の樫小丸(かしこまる)樫の木の炭で焼いた。上質の炭は固くて、火持ちがよく、炎が出ないので熱が全体に行きわたり、良いせんべいが焼けた。

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 歴史が技術を伝え、独学で学ぶ事数年。独自の製法を編み出し、さらに味に工夫を加え、昭和1954(昭和29)年、銘菓飫肥せんべいを開業した。

 ほんのりとした甘味と香りに、飫肥の城下町ならではの風雅さと素朴な味で、県外からの注文も多いく乳幼児の離乳食にと買いに来る人もいる。

 今では機械も導入され生産量も増えているが、製法と味、食感を変える事無く30年以上動き続けている機械もある。


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